シリアスな役でもコミカルな役でも見る者に強い印象を与えてくれる田中美佐子(たなか・みさこ)さん。田中さんは1995年に深沢邦之(ふかさわ・くにゆき)さんと結婚、2002年に女児を出産しました。現在はドラマやバラエティに復帰していますが、夫婦不仲説が話題になり、離婚が近いとも噂されています。今回はこうした噂の真相に迫ってみたいと思います。

1.田中美佐子さんの経歴


プロフィール

①戸籍名 :深沢美佐子

②生年月日:1959年11月11日

③身長・体重:163㎝・47kg

④出身地 :島根県知夫郡(現・隠岐郡)西ノ島町

⑤最終学歴:東洋女子短期大学英語英文学科卒業

⑥所属事務所:佐藤企画

⑦特 技 :綱渡り、ボウリング、卓球、フィギュアスケート

1959年 田中美佐子さんは、島根県海士(あま)郡海士村で、兄二人と姉の4人兄妹の次女として誕生しました。

県職員の父の転勤に伴い島根県内を転居の後、松江市の松徳女学院高等学校(現・松徳学院高等学校)を卒業し、東洋女子短期大学英語英文学科に入学しました。

1981年 東洋女子短期大学卒業後TBSドラマ『思い出づくり』でデビューしました(芸名「田中美佐」。ただしこれ以前にも端役でいくつかのテレビ、映画に出演しています)。

1982年 『ダイアモンドは傷つかない』で映画初出演(主演)し、演技力で高評価をえて、第6回日本アカデミー賞新人賞を受賞しました。

またこの時期キングレコードから歌手デビューも果たしています。

しかし、当時求められた映画の演技内容が肌の露出を伴うものが多く、抵抗感から活動を休止し、事務所移籍を試みました。

その時相談に乗ってくれたのが、当時浅井企画で萩本欽一さん(欽ちゃん)のチーフマネージャーだった佐藤宏榮さんでした。

1983年 佐藤さんの援助で浅井企画に移籍した後、田中さんは女優業を再開し、萩本欽一さんの指導を受けたこともあって、確かな演技力で、数々のドラマ、映画、舞台などへ出演することになりました(NHK大河ドラマ『徳川家康 』(1983年)、NHK連続テレビ小説『おしん』(1984年分)など。)。

1985年 佐藤さんが独立し、佐藤企画を設立した時、田中さんも佐藤企画第一号タレントとして、佐藤企画に移籍しました。

佐藤さんが独立後も業務提携の形で萩本さんのマネジメントをしていることもあって、田中さん主演の舞台の演出を萩本さんが何度も手掛けています。

(『恋をしては悲しくて』(1992年)、『夢のまにまに』(1993年)など。)

ただ、1980年代田中さんは多数のテレビドラマに出演してはいましたが、ブレイクと言えるほど主演を次々に務めたのは1990年代に入ってからと言えます。

代表作と言われる『眠れない夜を数えて』(1992年、TBS)、『十年愛』(1992年、TBS)、『セカンド・チャンス』(1995年、TBS)、『Age,35恋しくて』(1996年、フジテレビ)、『OUT~妻たちの犯罪~』(1999年、フジテレビ)などいずれも90年代の作品です。

そしてこの間田中さんは1995年11月に深沢邦之さんと結婚し、2002年12月には女児を出産しています。

では次に深沢邦之さんの人となりと経歴とについて見ておきましょう。

2.深沢邦之さんの経歴

プロフィール

①本 名 :深沢邦之

②生年月日:1966年9月15日

③身長・体重:170㎝・69kg

④出身地 :東京都練馬区

⑤最終学歴:明治大学商学部産業経営学科卒業

⑥所 属 :佐藤企画

⑦特 技 :剣道3段、ボウリング

深沢さんは、明治大学在学中に萩本欽一さん主宰のコメディアン養成塾「欽塾」のオーディションに合格し入塾しました。

1988年 「欽塾」の後身として結成された「欽ちゃん劇団」へ移り、劇団員として舞台を中心に活動を開始しました。

1994年 1月同じく劇団員だった東貴博(あずま・たかひろ)さんとお笑いコンビ「Take2」(テイク・ツウ)を結成しました。

東貴博(本名:飛田貴博(ひだ・たかひろ)、1969年12月31日生まれ)さんは、コメディアンの東八郎さんの次男です。

Take2では、深沢さんがツッコミ担当で、東さんがボケ担当です。

Take2はフジテレビのバラエティ番組『タモリのSuperボキャブラ天国』出演をきっかけに、コンビとして全国的に知られるようになりました。

1995年に田中美佐子さんと結婚してから、深沢さんはTBS系朝の情報番組『はなまるマーケット』で、情報プレゼンターとしてレギュラー出演しました。

Take2としてのコンビの活動は現在はほとんど行われず、それぞれ独自で活動しているようです。

深沢さんは現在『噂の!東京マガジン』(TBS, 日曜日午後1時)にレギュラー出演しています。

番組の中の「噂の現場」のコーナーを担当しています。

3.田中さんと深沢さんの出会いと馴れ初め

田中さんと深沢さんはどうして結婚するようになったのでしょうか。

二人の結婚はある意味では職場結婚と言えるでしょう。

深沢さんは一時期田中さんの付き人をしていました。

付き人と言っても、募集に応じてなった付き人ではなく、事務所の佐藤企画が芸人としてはまだ売れず、飯の食えない事務所員を稼ぎのあるスタッフにつけて、最低限の収入を保証するシステムの一環でした。

深沢さんは元来欽ちゃんの弟子でしたので、浅井企画に所属してもよかったのでしょうが、欽ちゃんと佐藤さんの関係から、佐藤企画に入ったのでしょう。

付き人として深沢さんは田中さんのスケジュール管理から車での送迎、更に私生活上の雑務までこなしたと言われます。

そうした関係の中で、当時それぞれにいた交際中の異性との付き合い方の相談もしたようです。

田中さんにとって深沢さんは相談しがいのある「頼りになる男」だったようです。

しかし、田中さんの仕事の量が尋常でなく、深沢さんは付き合っていた女性に会う時間が取れないでいるうちに、女性は別の男性と交際を始めてしまいました。

田中さんの方もまた交際がうまくいかなくなりました。

そんな中で深沢さんがTake2として独自の活動を始め、田中さんの付け人ではなくなりました。

寂しさを感じた田中さんが深沢さんに連絡し、大女優と付け人とは違う関係の交際が始まりました。1994年のことです。

田中さんの方は年齢が30代半ばになっており、深沢さんを結婚を前提にした恋人という位置づけをしていたので、プロポーズを待っていたにもかかわらず、一向にその気配がないので、自分から電話で「結婚するよ」と深沢さんに呼び掛けたそうです。

田中さんらしいと言えば、田中さんらしいですが、この時のことを次のように語っています。

すごいドン引きされたのを覚えています。私と結婚するっていうのは自分の人生[の計画]になかったみたいで、考えさせてくださいって言われました。 

深沢さんとしては直ちにOKと言えなかった事情も当然あったでしょう。

7歳の年齢差(田中さんの方が年上)、収入上の格差(当時深沢さんが月収10万円程度であったの対して、田中さんは年収1億を軽く超えていたと言われます)、日本人なら知らないものがいない大女優と駆け出しのお笑い芸人、深沢さんが自分と田中さんとの結婚をまったく不釣り合いと考えたのも当然でしょう。 

1年たってまた田中さんから返事を促されて深沢さんは最終的に「わかりました」と言ったそうですが、深沢さんが結婚を応諾した背景には「お前を必要としている人がいるなら、応えてあげなさい」というお父さんの助言があったと言われます。

深沢さんは筋を立てる、男気のある方ですね。

かくして1995年11月に二人は婚姻届けを提出し、夫婦となりました。

のちに二人は田中さんの故郷・隠岐で式を挙げました。

4.一人娘は名門女子校生

上でも記したように、結婚して7年後の2002年12月に田中さんは第一子となる女の子を出産しました。

生まれたてでもやはり田中さんに似て美人の雰囲気を備えていますね。

40歳を超えた高年齢出産でしたが、女の子は「」と命名され、その後順調に育ちました。

右端が空さんです。

顔がブロックされているので、顔つきだけでなく何歳かの見当もつかないですね。

ネット上の情報では、空さんは名門女子校である湘南白百合学園(所在地:神奈川県藤沢市)に通学しているそうです。

湘南白百合学園は幼稚園から高校までの一貫教育を行う学園で、キリスト教(カトリック)を基調とした独自のカリキュラムを組んでいます。

ところで、空さんの誕生・成長により深沢家の生活二つの点で変わりました。

一つは、空さんが誕生して以来深沢家の家計の負担者が深沢邦之さんに代わったことです。

結婚から出産までの生活費はすべて田中美佐子さんが負担していたそうですが、空さんの誕生を機に一家の生活費を深沢さんが担うことになりました。

父親としてあらゆる面で一家の大黒柱にならなければならないという責任感がこのような事態に発展したのでしょう。

その結果田中さんは2005年まで休業し、育児に専念することができました。

もうひとつ深沢家の生活で変わった点は住所が変わったことです。

結婚を機に田中さんは神奈川県の葉山に豪邸を購入しましたが、現在は鎌倉駅前に住んでいます。

これは空さんが湘南白百合学園に通うためにした転居だと思われます。

鎌倉からは藤沢の湘南白百合学園には簡単に行けるからです。

湘南白百合学園は白百合学園の系列校で、高校を卒業する際希望すれば容易に白百合女子大学に進学できますが、白百合女子大に進学する人はあまり多くはありません。

東大をはじめとする国公立大学に進学する人が目立ちますし、私立大学では医学系に進学する人が多いようです。

現在の空さんの進路希望がどのようなものかはわかりませんが、将来を考えて幼稚園から湘南白百合学園に入れるために深沢一家は葉山から鎌倉に転居したと思われます。

葉山の旧宅は現在別荘として使用しているそうです。

ところで田中さんは空さんを産んでから母性本能が全開状態になったようです。

あるところで、娘が好きすぎてストレスになる、と語っていました。

修学旅行で空さんが4,5日不在だった時寂しくてたまらなかったとか、電車一本帰りが遅れると心配になって探しに出かけるとか、娘さんを思う熱い心情を吐露していました。

このような子狂いともいえる田中さんの姿勢に、高年齢になってやっと授かった子供だから可愛くて仕方がないのだろうという声があると同時に過保護でないかという声もあります。

私的には、子供に盲目になる田中さんの姿は嫌いではありません。

評価はいろいろあると思いますが、田中さんが主演したドラマ『殺意の涯てー広域指定188号の女』(2000年、テレビ朝日)は、殺された娘の復讐にかける母親の心情が見事に表現されていて、世にまれな傑作だと思われました。

あのドラマは田中さんが出産する前の作品ですが、作品の中で自分の子供に対する思いを先取りしていたのかなと思います。

5.離婚のうわさが絶えない理由

田中美佐子さん・深沢邦之さんのカップルは、結婚そのものが意外感を持って迎えられ、以来夫婦不仲説ないしは夫婦関係破綻説がある意味では常態化し、もう離婚しているのではないかという噂さえまことしやかにささやかれたりします。

そのようなうわさが発生する理由をいくつか挙げてみたいと思います。

(1)経済的格差

田中さん・深沢さんの結婚が意外感をもって迎えられたのは、なんといっても両者の間の経済的格差が大きかったからでしょう。

経済的格差は今も埋まってはいないと思われます。

田中さんは、出産後育児休業のような形で仕事を控えていましたが、2005年の『ブラザー☆ビート』以来活動を再開しています。

田中さんに2000年以前のような勢いはないとはいえ、現在もテレビドラマ、映画、バラエティなどで人気を保っています。

当然それに見合った収入があり、その額は深沢さんの収入額をはるかに超えるものでしょう。

しかし、経済的格差は最初から厳然たる事実であったのですから、結婚20年を経た現在、そのことだけが原因で夫婦関係が破綻するとは考えにくいように思えます。

(2)田中さんの気の強さ

田中さんが強気な性格の持ち主であることはドラマなどの演技の中にも、バラエティ番組の対応の中にも見て取れることです。また結婚の経緯そのものの中にも田中さんの強気が現れています。

田中さんの気の強さが夫婦関係の破綻につながるのではないかと関心を呼んだのは、田中さんが深沢さんのTake2の相方の東貴博さんの結婚式に招待されながら欠席したことからでした。

東貴博さんはグラビアアイドルの安めぐみさんと2012年7月に結婚し、披露宴には、萩本欽一、伊東四朗、三宅裕司など豪華な顔ぶれが並びました。

田中さんは東さんが事務所の後輩、夫の相方でありながら、東さんが嫌いであるという理由から結婚式には出ませんでした。

田中さんが東さんを嫌うのは、田中さんと深沢さんが結婚する際、東さんが「僕が[田中さんを]口説いておけばよかった」と冗談めかして言った言葉を田中さんが間接的に耳にして、激怒して東は自分を口説けばどうにでもなる「軽い女」呼ばわりしている、ととったからだそうです。

このような田中さんの気性の激しさに深沢さんがどれだけ、またいつまで耐えられるか、という関心から不仲説や離婚間近説が芸能記者たちによって流されるようです。

しかし、いくら他人には激しく当たる田中さんでも、夫たる深沢さんにはやはり妻としてかしずく態度を忘れていないことは、ツーショットあるいは空さんを入れたスリーショットの写真からうかがえます。

田中さんの気の強さだけを不仲説あるいは離婚間近説の根拠にすることはできません。

(3)どんなことでも離婚理由とされる

田中美佐子・深沢邦之夫妻に関しては、以上以外にも様々な形で離婚理由が挙げられてきています。

①一家が葉山から鎌倉に引っ越した時にも不仲による別居説が流され、離婚は近いと噂されました。

この場合、転居の理由は問題にされず、転居即別居と曲解され、更に離婚と結びつけられました。

実際には一人娘の教育機会の最適化を求めたことが転居の理由でした。

②深沢さんが仕事でテレビ局のアナウンサーなど若い女性と話をしていると、「あの二人は不倫関係にある」とこじ付けられることがしばしばあります。

また深沢さんが舞台などで共演する女優さんも不倫相手としてたびたび芸能記者にマークされます。

実際にはただの共演仲間であっても、深沢さんの不倫が離婚につながる可能性が高いため、芸能記者は共演女優を不倫相手に仕立て、スクープ記事を狙います。

仕事で接する女性がすべて不倫相手とされるのでは深沢さんもたまったものではありませんね。

こういう監視体制が出来上がっている以上、深沢さんは実際には不倫などできません。否、不倫などしようと思わない、と言うかもしれません。

③最近では2017年に芸能記者が住まいの近くの住人から「この頃二人で歩いている姿を見かけない」という話を聞き出して、とうとう離婚の時期が到来した、と週刊誌などに書き立てたこともあります。

近くの住人が田中さんと深沢さんを常時見張っているならいざ知らず、二人でいるところを自宅外で見ないからと言って自宅内でも二人でいないと断定できるはずがありません。

実際この後深沢さんは自分のブログで田中さんと一週間ほど田中さんの故郷・隠岐に滞在していたことを報告していました。

④極端な場合は、名前が似ている、同じ女優・歌手の田中美奈子さんに関する離婚のうわさが田中美佐子さんの離婚話と混同されて、とうとう田中美佐子は離婚するようだ、という噂がネット上でばらまかれたりします。

芸能人の離婚は、一般的にニュースバリュウーが高いようですが、特に田中美佐子さんの離婚は格別のようです。

しかし、田中さんは離婚していません。

(田中美奈子さんも実際には離婚されていません。)

以上繰り返される田中-深沢離婚危機説がおおむね根拠のないものであることを確認しました。

どんな夫婦であってもいつ関係が破綻するかわからないので、絶対に田中・深沢夫妻の離婚はないとは言えませんが、これまで挙げられてきた離婚理由はほとんど憶測にすぎません。

 

6.まとめ

結婚以来常に破局の危機にあるかのように報じられてきた田中美佐子さんと深沢邦之さんですが、確かに年齢差、収入の差、芸能人としての格付けの差といった格差が現在もなお存在していることは否定できず、それらが二人の関係に悪影響を及ぼすこともあり得ることでしょう。

しかし、上の写真の真ん中にいるは、目・鼻・口が隠されていますが、明らかに一人娘の空さんでしょう。

田中さんも深沢さんも空さんが悲しむようなことはしないでしょう。

空さんにとって最も悲しいことは、家族がバラバラになることだと思います。

したがって田中さんも深沢さんも家族が分離する道をとることはないでしょう。

そしてそのことが田中さん、深沢さん双方にとってこれからの芸能界での活動の原動力になることでしょう。

年齢に応じた成熟した芸能活動を今後もお二人に期待したいと思います。