サッカーワールドカップ・ロシア大会で決勝トーナメント敗退後、長谷部誠選手が日本代表チーム引退を表明し、日本代表キャプテンも降りることになりました。次の代表チームキャプテン候補と挙げられているのが吉田麻也(よしだ・まや)選手です。

しかし、吉田麻也選手に関しては成長を評価する意見がある一方、もう一方では代表にいらないという意見もあります。この点を掘り下げるとともに吉田麻也選手の嫁および子供についての情報を集めてみます(文中敬称を省略する場合があります)。

吉田麻也に関する評価

 

最初に述べたように、吉田麻也選手に関する対立する評価があります。否定的な評価からすれば、吉田麻也選手は日本チームのキャプテンには不適格ということになります。

本当にそうか、遠回りになりますが、吉田麻也のプロフィールおよび略歴を確認することから始めたいと思います。

プロフィール

 

生年月日1988年8月24日

出身地 :長崎県長崎市

身長・体重189cm・78kg

出身校 :愛知県立豊田高校

名前の由来は次のように説明されている。

「麻のように揉まれれば揉まれるほど強い男になってほしい」という両親の想いで「麻也」と名付けられる。

出身校が豊田高校なのは、小学校6年の時名古屋グランパスのユースセレクションに合格して中学入学時に長崎市から愛知県みよし市に移住し、高校は近隣にあった豊田高校に進学したため。

小さい時からチャレンジ精神が旺盛なように見受けられます。

略 歴

 

1996年 小学2年生の時に長崎市の南陵FCでサッカーを始める。

2000年 名古屋グランパスユースセレクション合格(合格者は70人受験中4人だけ)

2001年 名古屋グランパスエイトU-15(愛知県みよし市立北中学校)。

2004年 名古屋グランパスエイトU-18(愛知県立豊田高校)。

2006年 全日本ユースでチームを準優勝に導く。

2007年 名古屋グランパスに昇格し(高校卒業)、センターバック(CB)で19試合に出場。

 

2008年 7月の北京オリンピック代表に選出されるが、出場はグループリーグ第3戦のオランダ戦のみにととどまり、日本チームは全敗でグループリーグ敗退となった。

J1では22試合に出場し、初得点もあげた。終盤には高さを生かしてフォワード(FW)としても起用された。

2009年 25試合に出場し、名古屋ディフェンダー(DF)の軸として活躍した。

2010年 1月エールディヴィジ(オランダ1部リーグ)のVVVフェンローに移籍した。

 

移籍直後に練習試合で左足首を骨折し、2009-10シーズンは出場がなかった。

2010-11シーズンの10月にオランダデビューを果たしたが、このシーズンの出場は20試合に終わった。

2012年 11-12シーズンはレギュラーとして定着し、チーム2位の5得点を挙げた。

7月に開催されたロンドンオリンピックに出場するU-23日本代表にオーバーエイジ枠として選出され、主将としてチームを4位に導いた。

 

8月ロンドンオリンピックでの活躍によりイングランド・プレミアムリーグのサウサンプトンFCに移籍する。

9月にプレミアムリーグ初出場を果たし、2012-13シーズンを通してレギュラーの座を保った。

 

2013-14シーズンは開幕からリーグ戦の出場機会に恵まれず、更に練習中左ひざ靭帯を損傷し、シーズン中は復帰できなかった。

2014年 6月に開催されたFIFAワールドカップ・ブラジル大会の日本代表に選ばれ、全試合スタメンで起用されたが、日本チームは1勝もできずグループリーグ敗退となった。

 

サウサンプトンでの2014-15シーズンでは他の選手にCBのポジションを奪われ、サイドバックでの起用も増えた。

2015年 2015-16シーズンではライバルが加入したのでCBで出場する機会が減り、右サイドバックで出場した二つの試合で失点につながるミスを犯し、出場機会が減る。

2017年 2016-17シーズンの1月からスタメンに定着、CBの定位置を争っていたライバルの移籍によりレギュラーとして定着する。4月には日本人選手として初のプレミアリーグ100試合出場を達成した。

2017-18シーズンは開幕からレギュラーとして活躍し、クラブ月間MVPを獲得したり、イギリスのサッカー雑誌が選ぶプレミアリーグのトップ10選手一覧に8位で名を連ねたりした。

2018年 年明け後左ひざを負傷し、戦列を離れることが多くなったが、終盤には復帰し、チームのプレミアリーグ残留に貢献した。

6月ワールドカップ・ロシア大会日本代表メンバーに選出され、グループリーグ全試合、決勝トーナメント1回戦計4試合にフル出場を果たした。

 

チームは決勝トーナメント1回戦でベルギーに3対2で逆転負けし、ベスト8入りはならなかった。

2018-19シーズンではサウサンプトンのリーグ戦では4試合に1回くらいのペースでしか出場できていない。

 

キャプテンとしての適格性

 

吉田麻也に関する対立する評価がどういうものかみてみます。

肯定的な評価は次のようなものです。

4年前ブラジル大会で惨敗を喫した時には吉田麻也は色白で線が細い印象だった。

その後プレミアリーグで戦い抜き、ひげを生やし、体重も増やし、ロシア大会ではタフな見た目のディフェンダーとして存在感を放った。

プレーでも進化を遂げ、高さでの勝負、FDとの駆け引き、体をぶつけあう競り合い、カバーリング、いずれにおいても安定感を増している。日本の守備の屋台骨となろうとしている吉田が頭脳と体を駆使して日本を支えてくれる。

 

この評価はロシア大会後ある雑誌に掲載された吉田評を要約的にまとめたものです。

さらに、ロンドンオリンピックで見せた吉田の統率力を高く評価する人もいます。

つまり吉田は日本代表チームのキャプテンになる適格性を十分備えていると考える人が一定数います。

 

これに対して否定的な評価は次のようなものです。

吉田は4年前のW杯はヘディングシュートを期待されて選出されたが、現在ではもっとヘディング力のある選手がいる。

吉田はディフェンダーとしても相変わらず足が遅く、パスが下手で、ドリブルができないなど致命的である。

モスクワ大会のベルギー戦だって吉田をはじめとするディフェンスがしっかりしていれば勝てた試合だった。ベルギー戦の敗北は監督のゲーム展開予測能力の欠如とディフェンス陣の不甲斐なさの結果である。

それに吉田は、ベルギー戦の後、「精神的な弱さというのが出てしまった。敗退から学ばなければならない」と語っていたが、プレミアリーグで何シーズンも過ごしてこのような程度のことしか言えないようでは学習能力があるのか疑われる。

もう吉田は日本代表チームには必要ないし、キャプテンになる資格はない。

これはネット上で見つけたさまざまな吉田批判を私なりにまとめてみたものです。

かなりきつい評価があることを知らされます。

ただ、吉田が下手なだけの選手であるなら、略歴としてみたように、なぜこれまで各種日本代表に選出されてきたのか、またプレミアリーグでそれなりの評価を受けてきたのか、説明がつかないことになります。

 

以上の対立する評価からどういう結論を導き出すかは難しい作業です。

吉田自身は「長谷部のようにはなれない」と言いつつも自分なりにキャプテンとして日本代表チームを引っ張っていこうとしています。

吉田がキャプテンとして適格かどうか結論を性急に出すのではなく、今後召集される代表チームでの吉田の働きを見据えてさらに検討を重ねることが必要と思われます。

 

吉田の嫁は美人と評判

 

吉田麻也は2012年9月26日自身のブログで一般女性との結婚を発表しました(24歳)。

2012年といえばロンドンオリンピックのあった年で、吉田はオリンピック終了後挙式し、その後まもなくサウサンプトンに入団していますので、結婚生活はイギリスで始まったようです。

以下に嫁さんのプロフィールを掲げますが、吉田麻也自身公表したものではありませんので、写真を含めすべて推測であることを承知ください。



吉田嫁のプロフィール

 

氏 名 :吉田みく

生 年 :1987年

出身地 :愛知県豊田市

職 歴 :事務職員

写真はネット上の「吉田麻也 嫁 画像」の中から可能性のあるものを選びました。

吉田の嫁は小柄だけどかわいいという評判ですので、この写真が本物の嫁の写真かどうかは別にしてイメージをつかめればよいと思います。

氏名については、ネット上に旧姓「横田典子」という記事がありますが、その方は吉田の小学時代の同級生のようです。

「みく」さんの旧姓、ご実家などについても確実な情報はありません。

生年は、嫁さんが吉田より1歳年上だということから推定しました。

 

出会い・馴れ初め

吉田は4年間の交際の末結婚したと言っていますから、出会いは2008年、吉田の名古屋グランパス時代(20歳)になります。

吉田が自動車の運転免許を取るために、教習所に通っていた時受付にいたのがみくさんだったと言われます。

一目ぼれした吉田が「ご飯を食べに行こう」と声をかけたのが交際の始まりでした。

かなり強引な感じがしますが、サッカー選手はそういったものなのかもしれません。

プロポーズがいつのことかはよくわかりませんが、これに関しては次のような逸話が残っています。

プロポーズの時、何を贈ればよいか吉田が悩んで、仲の良かった内田篤人に相談したら、指輪よりも時計が良いのではないか、ということになり、時計をプレゼントすることになった。

吉田がみくさんをある場所に呼び出して、時計を差し出して、「一緒に時を刻もう」と言ったけれど、返事がない。しばらくしてから吉田が「どうなんだ?」と迫ってやっと「はい」という返事があった。このやり取りを物陰から内田が見ていて、返事があった後姿を現し、二人に祝福の言葉をかけた。

 

吉田麻也と内田篤人は、かつて所属チームは名古屋グランパスと鹿島アントラーズと違っていても、共に2008年の北京オリンピック日本代表選手として練習し、ゲームを戦い、仲良しになったようです。

みくさんは指輪を差し出されたらすぐプロポーズと分かったでしょうが、時計ではプロポーズなのか、ただのプレゼントなのかわからなかったのではないかと思われます。

ただ吉田の「一緒に時を刻もう」という言葉には彼のロマンティックな性格が良く現れています。

夫婦仲良し

 

プロポーズの前か後かはわかりませんが、吉田は2010年オランダのVVVフェンローに移籍後すぐに左足首を骨折し、日本に帰国して再手術・治療に取り組みました。

吉田の病室をたびたびみくさんが訪れ、吉田の世話を行き届いた形でしていたと言われます。

吉田が一方的に好意を持っていたのではないことがわかります。

そうした互いの間の思いやりは、吉田が書いた本『レジリエンスー負けない力』(2018年6月、ハーパーコリンズ・ジャパン)の中でも描かれています。

「レジリエンスresilience」は、直接的には「回復力、弾性」という意味の単語ですが、具体的には逆境や困難な状況に負けない力をさし、吉田は上で挙げた本の中で、具体的な内容を弟力・英語力・選択力・アジャスト力・スルー力・反発力・バランス力の8つに分けて説明しています。

個々の内容を紹介する必要はありませんが、吉田はこれらの力によってこれまでの生涯でゲームの中での危機や怪我から生じる焦り、他人の酷評などを切り抜けてきたことを体験的に述べています。

その中で、特にサウサンプトンに来てからの体の故障やゲームでのミス、監督ごとに異なる選手起用法の違いなどからくる出場機会の減少など、心が折れそうになる場面で支えになったものが妻の存在であったと述べています。

この本は若い人にとってはチャレンジ意欲を掻き立ててくれる冒険へのエールですが、著者の根底にあるのは自分のパフォーマンスをあらゆる面で支えてくれる妻への感謝の念と言えます。そこに吉田夫妻相互の愛の深さが読み取れます。

子供は活力源

 

吉田麻也は2016年12月に11月末に第一子となる女の子が誕生したことを自らの公式ブログで「素晴らしいお知らせ」として発表しました。

結婚して4年たって初めて子供を授かった喜びが「素晴らしいお知らせ」というブログタイトルに現れています。

この写真は生まれて間もないころのものですね。

そして子供が生まれたことが吉田の活力源になったことは、年明け早々2017年1月に得点を挙げたり、相手チームを無得点に抑えたりして、地元紙で高い評価を得たことから明らかです。

お名前は?

吉田は写真のように自分の子供を人目にさらしています。

多くのサッカー選手が安全性を考慮して自分の子供が小さい場合顔を露出しないようにしているのに対して、吉田の対応は異例ともいえます。

ただそこには子供に父が自分といつも一緒だったことを覚えておいて欲しいという願望があるように思われます。

それはそれでよいのはないでしょうか。

因みに名前は当然ながら公表されていません。

二人目はできたの?

ネット上には吉田の二人目の子供ができたのでないかという記事が出ていますが、実際はまだのようです。

この写真は一人目のものです。

生活の雰囲気が知れて興味深いですね。

もしかするとこのダイニングテーブルの席がいっぱいになるくらい子供が欲しいのかもしれませんね。

何人生まれても愛は尽きない

吉田麻也は何人子供が生まれても同じように子どもたちを溺愛するでしょう。

そしてこの写真のように自分の背番号をつけたユニフォームを着せてスタジアムの中を練り歩くことでしょう。

子供に自分の父を誇りに思ってもらうために。

まとめ

 

吉田麻也がサッカー日本代表チームのキャプテンにふさわしいかについては相対立する意見がありますが、今の時点で決めることはできません。

当然のことながら麻也がキャプテンとして登場した試合で日本代表チームが勝てば適任となり、負けが込めば不適任となります。

少し長い目で見ましょう。

 

・吉田麻也の嫁が、小柄だけど美人だという情報は確かでしょう。

それだけでなく麻也が嫁さんを完全に信頼し、嫁さんも麻也を全面的に支え、二人とも互いを愛していることは、麻也の著書『レジリエンスー負けない力』から伝わってきます。

 

・二人目の子供はまだのようです。

二人目が生まれても、そのことは、一人目同様、吉田麻也の活力源になるでしょう。

 

・次のワールドカップ・カタール大会には年齢的な問題が生じてきますが、ともかく吉田麻也には日本のサッカーファンのために日本代表チームをけん引してもらいたいと思います。

がんばれ麻也!