サッカー日本代表をけん引してきた本田圭佑(ほんだ・けいすけ)選手は、ロシアワールドカップ2018において日本チームが決勝トーナメント第一試合で敗退後「僕自身は最後のW杯になる」と代表引退を暗示しました。中には本田選手がサッカー界から引退すると受け止めた方もいるかもしれません。その後本田選手がどうしているか探ってみます。

また本田選手の嫁さんについては性格が悪いという評判がネット上で流れています。本当でしょうか?

さらに子供が小学校に上がるので、日本の学校に通うために子供と嫁は日本に住んでいるという噂もあります。こうした噂の真偽も確かめてみたいと思います。

途中敬称を省略する場合がありますがお許しください。

本田圭佑の現在について

本田圭佑選手についてはサッカーファンならだれもが知っていますが、念のためプロフィールと略歴を確認し、現在の状況を明らかにします。

 

プロフィール

生年月日1986年6月13日

出身地 :大阪府摂津市

身長・体重182cm・74kg

出身校 :星稜高等学校(石川県)

父親・は熊本県の出身、母親は広島県の出身。

両親は本田が小学2年生の時に離婚、自身は父のほうについたが、父が仕事が忙しかったため、兄・弘幸とともに祖父母に育てられる。

祖父の弟・本田大三郎は1964年の東京オリンピックカヌー競技に出場したアスリートで、本田に競技日記を書くことを勧め、本田はプロになるまで毎日サッカー日記を書いた。このことが彼がサッカーに取り組むうえで非常に役に立った。

兄・弘幸も帝京高校を出て、大分トリニータに加入が決まっていたサッカー選手であったが、けがのために引退し、現在は本田の代理人を務めている。

略 歴

 

1994年 摂津市立鳥飼北小学校2年時から摂津FCに入団し、サッカーを始めた。

1999年 摂津市立第四中学校に入学し、ガンバ大阪ジュニアユースに所属する。

スタミナやスピードに難があり、ガンバ大阪ユースへの昇格内定が出なかった。

2002年 星稜高校に入学。サッカー部入部。

2004年 星稜高校キャプテンとして第83回全国高等学校サッカー選手権大会に出場し、石川県勢初のベスト4に貢献した。

同年 特別指定選手として、名古屋グランパスの練習に参加し、7月のナビスコカップ対ジュビロ磐田戦で公式戦初出場を果たした。

2005年 高校卒業を迎え、名古屋グランパスとプロ契約。

3月開幕スタメンでプロデビューし、アシストを決めた。4月東京ヴェルディ-戦で初ゴールを決めた。

2008年 1月エールディヴィッジ(オランダ1部リーグ)のVVVフェンローに移籍する。

6月ワールドカップ南アフリカ大会のアジア地区予選で日本代表デビュー

8月日本代表として北京オリンピックに出場したが、グループリーグ3戦全敗で敗退した。

オランダの2008-2009シーズンではチームの2部リーグ優勝と1部復帰に貢献し、2部リーグにおける年間最優秀選手賞(MVP)を受賞した。

2010年 ロシア・プレミアリーグのCSKAモスクワへ移籍する。

 

6月に開催されたFIFAワールドカップ・南アフリカ大会では4試合にフル出場し、初戦のカメルーン戦、第3戦のデンマーク戦で得点を挙げ、日本チーム決勝トーナメント出場の原動力となった(決勝トーナメント1回戦ではパラグアイと0対0であったが、PK戦で敗れた)。

 

ロシアの2010-11年のシーズンでは、CSKAモスクワの2シーズンぶり6度目の優勝に貢献した。

2011年 1月のアジアカップで日本代表は優勝し、MVPを受賞した。

2012-2013シーズンはCSKAモスクワの4シーズンぶり5度目のスーパーカップ優勝に貢献した。

2014年 イタリアセリアA・ACミランに移籍し、1月15日初先発出場で初ゴールを決めた。

 

6月に開催されたFIFAワールドカップ・ブラジル大会では全試合フル出場し、グループリーグ初戦(対コートジボワール戦)で先制点を決めた(日本人のワールドカップ最多得点)。

だが日本チームは一次リーグ最下位で、決勝トーナメントに進むことができなかった。

 

2016-2017シーズンACミランでの出場機会が少なくなった。

2017年 7月メキシコ・リーガMXのCFパチューカに1年契約で移籍する。

リーグ戦29試合に出場し、10ゴール7アシストを記録し、チームの攻撃をけん引した。

 

2018年 6月開催のFIFAワールドカップ・ロシア大会では、スーパーサブとして3試合に途中出場した。

第2戦のセネガル戦では同点ゴールを決め、日本人初となるワールドカップ3大会連続ゴールを達成した。

 

日本チームは決勝トーナメント進出を果たしたものの、1回戦でベルギーに3対2で逆転負けし、悲願のベスト8入りはならなかった。

その後日本代表引退を示唆する発言があった。

本田は今もプレーしている

 

ワールドカップ・ロシア大会が終了した後、本田選手は次のような動きを見せています。

8月 記者会見でカンボジア代表監督兼GMに就任することを発表。

10月20日W杯以後移籍が発表されたオーストラリア・Aリーグのメルボルン・ビクトリーFCの今季開幕戦でキャプテンとして初出場、初得点を決めた。

 

以上のように、本田選手は、ワールドカップ・ロシア大会後においても、オーストラリアでどん欲にプレーを続けています。

サッカー選手を引退したわけではないのです。

 

ところでオーストラリアと言えば、FIFAランキングでは40位(2018年4月)と日本よりも高く(日本は50~60位の間を上下)、ワールドカップ・アジア予選では何時も手こずらされています。

本田選手がオーストラリアのチームに入ったことは、それだけ彼の能力が高く評価されているということを意味しています。

もう一つ本田選手の略歴を見返すと、彼が日本サッカー史上傑出した選手であることに改めて気づかされます。

たしかにW杯ロシア大会前には本田はもう戦力にならないという評価が高まり、大会においてもフル出場するだけの走力を欠いていたことは確かですが、出場した際にはそれなりの働きをしてくれました。

だからサッカーファンからも本田再評価の声が上がっていました。

本田選手の選手生命の長いことを願いたいと思います。

 

本田の嫁は性格が悪い?

サングラスをかけている男性が本田選手で、隣の女性が嫁さんです。
本田選手の嫁さんだけあって、なかなか魅力的な女性ですね。

プロフィール

姓 名 :本田美沙子(ほんだ・みさこ)

生 年 :1986

出身高校:石川県立金沢西高等学校

職 歴 :保育士

結婚日時:2008年7月

旧姓、実家の職業等はわかりません。

職歴は保育園の保育士となっていますので、保育士の資格を取るための教育機関に在籍したはずですが、教育機関名はわかりません。

ともかく最終学歴は高卒以上です。

本田選手と同学年ですので、結婚したのは22歳で、本田がVVVフェンローに在籍していた時です。彼がブログで発表しました。オランダで新婚生活を送ったことになります。

出会い・馴れ初め

 

語り草になっているのは、本田が高校3年の時、星稜高校と金沢西高とのサッカーの練習試合があり、試合前に本田が西高のマネージャーをしていた美沙子さんに一目ぼれしたという話です。

チームメートと相談し、試合で暴れまくった後、交際を申し込めばうまくいくと算段し、実際試合で本田が大量得点を挙げ、試合後相手チームベンチに行き、美沙子さんに交際を申し込んだところ、思いがけない申し出に驚いてつい「はい」と答えたところから二人の交際が始まったと言われています。

上のプリクラの写真を本田は自慢してサッカー部の部室のロッカーに貼り付けたため、この写真は現在まで伝わっています。

その後の本田選手の活躍からすれば、タレントとかモデルと称される女性と交際するチャンスが沢山あったはずですが、現在も関係が破綻したという話を聞きません。

本田選手は一途な男性と言えます。

本当に性格が悪いのか?

 

本田選手の嫁の性格が良くない、あるいは性格が悪いという噂が広まったのは、前回ブラジル大会(2014年)の前のことです。

ある週刊誌に、一人の代表選手の母親が前の南アフリカ大会(2010年)の食事の際本田選手の嫁に挨拶をしたところ、嫁は素知らぬふりをして立ち去ったので、不愉快であった、それ以後こちらも無視を決め込んだ、という内容の記事が掲載されました。

それ以後本田の嫁は他人のあいさつに応じることもしない高慢ちきな女だ、性格が良くない女だ、という噂が広まりました。

この記事から、私はワールドカップの時は、選手だけで食事をとるのでなく,選手の家族も一緒に食事をとることを知りました。

 

でも、この記事から本田の嫁の性格が悪いという結論が直ちに導かれるかは疑問です。

ネット上本田の嫁擁護論と言われるものは二つあります。

一つは個人の性格を外面的に判断してはならないというものです。

具体的には本田選手の嫁さんは内気で世間慣れしていなくて、とっさの場合うまく挨拶に応えることができなかったのでないかというものです。

もう一つは、ワールドカップのとらえ方、根源的にはサッカー観の違いで日本選手内で3つのグループへの分裂があり、異なるグループ間では家族も親交しないという暗黙の了解があるのに、件の母親はそうした了解を知らずにみんな仲良くという自分の常識を本田の嫁に押し付けたというものです。

筆者としてはこちらの論を支持します。

少しぎすぎすするかもしれませんが、同じチームだからみんな仲良くなどと言っていてはゲームに勝てません。チームとしての団結は不可欠ですが、なれ合いでプレーをしていては勝利は獲得できないのです。

こうした姿勢を最も強く主張し、実行しようとしたのが本田選手です。

だから嫁さんは意識的無意識的に本田選手の姿勢を体現したと言えると思います。

本田選手の嫁さんの性格が悪いかどうかは本田選手を通じて知ることができます。

本田選手の知人は次のような本田選手の言葉を伝えています。

嫁の料理はめちゃくちゃおいしい。彼女がいてくれたから、自分もここまでやってこれた。

嫁の性格が悪ければこのような言葉を語る亭主はいませんね。

「本田の嫁は性格が悪い」はフェイクでしょう。

 

子供と嫁は日本に住んでる?

ネット上には本田選手の子供と嫁さんは日本に住んでいるのではないかという記事があります。

その根拠は子供が学齢期に達しているということです。

それでは本田選手には子供が何人いるかということから問題にしていきます。

本田選手の子供は3人

本田選手と嫁さんとの間には3人の子供がいます。

第一子男の子で、2012年秋モスクワにいるときに誕生しています。

この写真の子です。

目がクリクリしていて可愛いですね。

この写真は2013年6月のFIFAコンフェデレーションズカップに出場するために帰国した際撮影されたものです。

子供はまだ満1歳になっていません。

本田選手が赤ん坊を抱いて公衆の面前に現れたので、多くの人が驚きました。

しかも子供の顔はほとんど露出で、著名人の子供としては無防備すぎるといぶかる声も上がりました。

こうした反応に本田選手は子供の顔を出すのは今回が「最初で最後」としたうえで、子供の顔出しするのはそれによって妻が不妊症でないかというマスコミの疑惑を晴らすためと答えていました。

たしかに結婚して3年間妊娠の兆候がなかったことから本田の嫁は不妊症といううわさが出たのでしょう。

あるいは子供ができないのは本田自身に問題があるのでないかという話も出たかもしれません。

そうした噂を打ち消すために子供を見せるという方法をとったことは本田選手らしいやり方だと言えます。

2014年12月に長女が、2016年9月には次男が誕生しています。

子供が誕生した時は本田選手は常に何らかの手段で公表しています。

したがって本田選手は3人の子供の父親です。

お名前は?

長男の顔は露出させても、名前は公表されていません。

長女、次男は顔も出さず、名も伏せられています。

有名人の子供としては当然の措置といえます。

親は子供の安全を守ってやらなければなりませんから、顔出しなし、名前出さずが原則です。

顔写真を見たい、名前を知りたいという欲求を持つのは自由ですが、そうした欲求を満たそうとすることはプライヴァシーの侵害になることもあります。

気をつけましょう。

子供と嫁の所在

 

本田選手の子供が学齢期なので、子供と嫁が日本に住んでいる、あるいは住む予定だという噂は本当でしょうか。

本田選手の長男が小学校に入学するのは日本の学制では2019年4月です。

ですから両親が子供の入学のための準備をしていることは確かでも、そのことが子供と嫁が日本に居住していることにつながることはありません。

また普通の日本人であれば子供を小学校に入れるとなれば日本の小学校に入れます。

しかし本田選手は日本人ですが、自分の子供を日本の学校に通わすことに固執する人なのでしょうか?

彼は日本的なものの限界を乗り越える努力をして今日の地位を獲得してきた人です。

最初から海外移籍を条件に名古屋グランパスとプロ契約を結びました。

そんな彼が子供をわざわざ日本の学校に入れるために、子供と嫁を日本に住まわせることをするのでしょうか。

本田選手は子供がサッカー選手になりたければその援助をするでしょうし、そうでなければそうした面で必要な援助をするでしょう。子供がなにをするのであれ、本田は国際的水準で活躍できる条件を作ってあげようとすると思います。

したがって子供がどういう分野に進むにせよ、教育環境は日本が最適とは本田選手は考えないでしょう。

子供にインターナショナルな視点を持たせるためには子供を日本に戻らせずに居住地のインターナショナルスクールに通わせば済むことです。

本田選手がオーストラリアのチームを選択したのも今後の子供の教育を配慮してのことだと思います。

結論的に言って本田選手の子供と嫁が本田選手と離れて日本に住むなどということはないで

しょう。

まとめ

 

・本田選手はワールドカップ・ロシア大会で日本敗退後、代表チーム引退を暗示しましたが、サッカー選手引退を表明したのではありません。

実際オーストラリアのメルボルン・ビクトリーFCというチームに移籍してゴールを決めるなど相変わらず活躍しています。

 

・本田の嫁の性格が悪いという噂が流布しているようですが、噂のもとになっている出来事がどうして生じたのかということを突き止める必要があります。

噂のもとになっている出来事の背後には代表選手のサッカー観の違いがあり、噂を流した方はそうした事情にまで思い及ばず、表面的に本田選手とその嫁の態度に違和感を感じ、他人と打ち解けない本田の嫁の性格が悪いと週刊誌の記者に語ったように思われます。

反対に本田選手が嫁さんに表している感謝の言葉からは自分のすべてを夫を支えるために使う嫁さんの性格の良さが伝わってきます

 

・子供と嫁が子供の学校のために本田選手と別居して日本で暮らしている、あるいは将来そうなりそうだという噂は根拠がないと思います。

第一に本田選手が日本の学校に子供を通わせることに意味を認めているとは思われません。国際的な視点を身につけさせるために効果的な教育機関はオーストラリアを含め海外に沢山ありますから、本田選手はそのような教育機関に子供を通わせるでしょう。

第二に本田選手は小学2年生の時に両親が離婚し、両親と暮らせない寂しさに耐えながら成長しました。

ですから本田選手は子供の成長に効果があるならいざ知らず、子供の心情をおもんばかって簡単に家族の分散を認めることはしないでしょう。

したがって本田選手は今の嫁さんと離婚することもないでしょう。

 

・もう一つ追加的なことですが、本田選手のサッカーでの年俸は莫大なものですし、それ以外のCM出演などからは実業家といったイメージが強いと思いますが、彼は決して拝金主義者ではありません。

1995年の阪神淡路大震災の時本田氏はやはり小学2年生でした。この震災体験は彼の震災被害者に対する救援姿勢を決定づけていると言えます。

ごく単純化しても,2011年の東日本大震災、2016年の熊本地震、イタリア中部地震、1917年の2度のメキシコ地震に多額の寄付を行っています。

東日本大震災の際には義援金の寄付だけでなく、被災地にサッカーボールを贈ったり、フットサル場を建設したりしています。

本田選手を評価するためには、こうした活動も視野に入れなければなりません。